ここでは、教宗寺(芥川) について紹介します。

在所:芥川町四丁目6-3

【ポイント】

①.宗派 浄土真宗本願寺派

②.沿革

 弘安10年(1287)田淵久兵衛教宗が親鸞聖人の弟子となり自宅を開創して設立

 元禄5年(1692)堂宇が大破するも再建

 享保19年(1734)の「芥川宿絵図」に瓦屋根である当寺と本陣が描かれている

 明治40年(1907)改修

 平成20年(2008)本堂を改修

③.文化財

 石槽 大阪府指定有形文化財に1974年指定、石風呂とされる

【関連写真】

 教宗寺山門2022_05_05 金只   標石(篋宗寺)2022_05_05 金只   

 案内板(教宗寺)2022_05_05 金只   本堂2022_05_05 金只   
 山門からの庭園2022_05_05 金只   鐘楼2022_05_05 金只   

 大阪府指定有形文化財石槽2022_05_05 金只   案内板(石総)2022_05_05 金只   

 

【補足説明】

①.現地案内板(教宗寺)より

 教宗寺は、神恵山と号して浄土真宗本願寺派(西本願寺)に属し、阿弥陀如来を本尊とする。

 寺伝によれば、当時祖先の田淵久兵衛教宗が見貞(ミコシン)大師(親鸞聖人)の直弟子となって了専と法名し、自分の邸宅を寺院に改めて、弘安10年(1287)に開創した。のちに、聖人の勅号に因んで教宗寺の号を与えられたという。

 堂宇はその後大破し、元禄5年(1692)に再建。境内には本堂や庫裡。鐘楼堂などのはか、安産の宮と呼ばれる市蛭子大神宮がある。

 また一角には、昔の石風呂ともいわれる花崗岩製の石槽があり、昭和49年3月、大字原にある八坂神社の石樵とともに、府の有形文化財に指定されている。

 享保19年(1734)に描かれた芥川宿絵図での当寺は、草屋根の家並が続くなか、本陣などとともに数少ない瓦屋根であり、その景観は、今と変わらぬ佇まいをもっている。

   平成元年3月   高槻市教育委員会

②.現地案内板(石槽)が不鮮明なためインターネットより

 境内の一画、本堂の手前に花崗岩の自然石をくりぬいて作った長さ約2m、幅1m、深さ約35cmの「石槽」がおかれている。

 石槽には石棺と石風呂の二つの場合があるが、この石槽には底に小さい水抜き孔があることから、石風呂と考えられている。

 一般に石槽は山の上にある自社に見られるといわれており、このような街道沿いの寺にあつことで注目されているようである。

 

【参考情報】

Wikipedia:教宗寺